島崎譲のブログ

近況、戯言、イラストを掲載中。

2015年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年11月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

昨今の事

人間の心を狂気にと導く要因の第一位はダントツで戦争だと思います。
もちろん私自身平和ボケ日本で育ち
リアルな体験など皆無です。
それでも、あらゆる媒体から情報を得て、
想像力をフル回転せずとも一部分に触れるだけでも
その悲惨さと狂気には身の毛のよだつ恐ろしさと嫌悪感でいっぱいになります。

自国の利害のためには人殺しが合法化され許される行為、いえ、
人殺しが正義という大義名分までも頂いて
正当な行為であり英雄扱いまでされていく事が
「おかしな事」と判断できなくなる恐怖。
普通に暮らしていた市民が兵隊に駆り出され、
幼子を愛する父親が戦場で
同じくらいの子供を殺戮する悲劇が起こるのが戦場。
人を人と思わなくなり、「何人殺した。」が自慢になるのが戦場。

以前読んだ解剖学者・養老 孟司先生の著作において
「人は命の危険に晒されると、理性が失われて普段行わないような
卑劣な事、暴力的な事をやり始める。これは自分を守ろうとする自衛本能であるから
どんな人間でも備わっている機能である。だから、環境を整える事が大事。
貧困、格差、差別、戦争はできる限り減らさなければならない。」と書かれており、
これには感銘を受けました。
そうです、安穏な生活の中でなら人はいくらでも
人格者をきどって知性的に振舞えても、
極限状態におかれたら理性と言うタガがはずれて何が飛び出してくるか
わからない凶悪な生物なのです。
私だってそうです。
何をするかわかりません。
結構卑怯で意志薄弱な怠け者です。
こんな自分がこうして綺麗事と捉えられてもおかしくないような
御託が並べられるのは
平和だからです。
私はこれ以上卑劣な人間になりたくありません。

ここ数年、国際的にも共通意識として「恥ずべき行為」とされている
「差別」を堂々と公言し、危険な「選民思想」を正論のように振りかざす人々が多々出てきました。
以前なら良識の検知の中で自然淘汰されるような類の行為であったはずが
なぜか勢いをもって世に踊り出て来ています。
そして、そういった人々がどんなに非難をあびても
怖気づくどころか、なぜか非常に強気で
まるで「なにをやっても言っても自分は罰せられない!」という妙な自信に溢れています。
なぜ?なぜ、あんなに何の疑いも持たずに自分の行為を妄信できるのだろう?
いや、もしかしたら本当に世の中の常識が狂って来ているのかも知れない。
怖いです。とても怖いです。

政権を妄信、マスコミを妄信、アメリカを妄信、グローバルを妄信、
本質より勢いがあって大声で体力があってとにかく「強い」者を妄信!
嘘つきでも詐欺師でも言ってる事に整合性も無く矛盾に満ちていても高学歴で社会的地位があれば妄信。
利益を上げているものを妄信、流行っているものを妄信、
思考停止から吐き出される多数決を妄信。

そういった妄信の支えによって、
何をやっても責任を取らなくて済む特権階級が生み出され、
権力の暴走の歯止めとなる憲法はないがしろにされ、
法律や制度や生活システムは市民を管理し、税金と使役を絞り上げるための道具と化していきます。

話を始めに戻します。
戦争は人の理性を奪い、判断能力を低下させ、暴力の狂気に導きます。

理性を奪われ、判断能力が低下・・・・・・
もうすでに、私達は戦争の中に居るのかもしれません。
少しでも多くの良識ある人々の目が覚める事を
願って止みません。





スポンサーサイト

| 戯言 | 22:06 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

2015年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年11月

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。